REAL ESTATE REPORT
不動産レポート対談-企業再生におけるCRE戦略と法的課題
企業の資産のなかで大きなウエイトを占めるのが不動産。企業不動産(CRE)をいかに戦略的に管理・運営するかにより、企業価値が様変わりすることから、CRE戦略の必要性が高まっている。特に企業再生の場面では、CRE戦略によって再生の成否が決まるといっても過言ではない。企業再生をより円滑に進めるうえで重要なCRE戦略とそれに伴う法的課題とは何か。不動産鑑定士の村木信爾氏と弁護士の前山信之氏がそれぞれの立場から語った。
村木信爾 氏
前山信之 氏
業績の良い企業と悪い企業とではCRE戦略が大きく異なる
企業再生において、なぜCRE戦略が欠かせないのでしょうか。その理由を教えてください。
まず一般論ですが、以前企業は、保有する不動産が経営・財務に与える影響をややもすると軽視してきた傾向が見受けられました。しかし、バブル経済崩壊後、厳しい経済情勢が続くなか、不動産証券化市場の創設により不動産リスクの認識が変化し、不動産を狙ったM&A(企業の買収・合併)が起こり、最近では内部統制の必要性が法令上も規定され、また、国際会計基準(IFRS)のコンバージェンスが実施されて、保有不動産の時価評価をする必要がでてきたことなど環境の変化により、経営戦略に沿って企業不動産の有効活用をすること、つまりCRE戦略の必要性を認識する企業が増えてきました。
CRE戦略は企業の特性や置かれた環境によって、意味が大きく異なります。業績の良い企業と企業再生中の企業とでは、自ずとCRE戦略も異なってきます。業績の良い企業の場合には、次々と出店するなど事業拡大をしていくことが多いため、商圏分析などを行う立地戦略がCRE戦略の中心となります。一方、企業再生中の企業の場合には、不要な事業の整理・統廃合を進めると同時に、不動産についても不要なものを見極め、処分していく仕分け作業がCRE戦略の中心となります。
一般に、時価ベースのバランスシートにおいて不動産の占める割合が大きい企業ほど、CRE戦略が財務に大きな影響を与えますが、企業再生時においては、特にそのことが強調されるので、CRE戦略の重要性が増し、これが欠かせないのです。
また、企業再生の際には平常時以上に、慎重かつ迅速なCRE戦略の立案と実行が必要になります。
CRE戦略とは、企業不動産を最適かつ効率的に運用することで、企業価値の最大化を目指す方針・技術を意味します。不動産を保有する企業が、私的整理や法的整理を通じて事業再生を行う場面、また、平常時に事業再構築を行う場面のいずれにおいても、CRE戦略いかんによって、企業価値が大きく変わってくると思います。不動産を保有する企業の企業価値が向上するか否かは、CRE戦略にかかっているといっても過言ではありません。
また、事業再生ADRなどの私的整理を行っている企業や、会社更生手続、民事再生手続などの法的整理を行っている企業の場合、会社再建のためには、債権者に再建計画を承認してもらう必要がありますが、不動産を保有する企業は、長期的な戦略に基づいた不動産の管理・運営方針、すなわち、CRE戦略を再建計画に盛り込むなどすれば、債権者から再建計画に対する理解を得やすくなると思います。CRE戦略は、私的整理または法的整理の場面では、再建計画に対する債権者の承認を得るための重要なファクターとなると思います。
さらに、上場企業などが、有効活用していない不動産を多く保有している場合には、敵対的買収の対象となるリスクが高まると思います。そこで、企業防衛の観点からも、CRE戦略は有効といえます。
外部のサービスプロバイダーにどこまで任せるかを考えるべき
再生計画の中長期的視点に則った具体的なCRE戦略を――企業再生の場面におけるCRE戦略導入の際、どんな点に留意すればいいでしょうか。
平時でもいえることなのですが、CRE戦略をどこまで企業内で行い、どこまで外部の専門家のサービスプロバイダーに任せるのか、その役割分担を決めることが大きなポイントです。
CRE戦略の大筋を決定する経営層レベルと、外部のサービスプロバイダーを使いこなすCRE専門部署には社内の専任担当者を置かなければなりません。それ以外の部分については、不動産業務を経営戦略上のコア業務として位置付けない限り、できるだけ外部のサービスプロバイダーに任せた方が、スムーズにCRE戦略が実行できると言えます。
企業再生の場合には、弁護士さんをはじめ、会計士系コンサルティング会社、金融機関など、ターンアラウンドマネージャー(事業再生請負人)がCRE戦略を担うサービスプロバイダーの中心となります。
企業分割により切り離す事業は何か、それに伴いどの不動産をいくらで処分するか、残す会社にどの不動産を残すか、その価値はいくらかなど、ターンアラウンドマネージャーとなる弁護士さんと不動産鑑定士などの不動産のプロが密に協働し、短時間で再生計画を立てることが、企業再生時の重要な留意点だと思います。
私的整理または法的整理における企業再生でのCRE戦略の最大の留意点は、時間が限られていることでしょう。
例えば、民事再生手続の場合、原則として、申立から半年程度で再生計画の認可となるスケジュールで動いており、再生計画案は、原則として、申立後3カ月程度で提出しなくてはなりません。
そのため、短期間で保有不動産の評価をする必要があります。不動産鑑定士による事業性の価値を踏まえた不動産評価は、再生会社が、その代理人である弁護士を通じて、不動産を担保に取っている金融機関などの債権者(別除権者)と当該不動産の処遇(継続利用するか、処分するか)や当該不動産の担保価値(担保価値を超える部分の債権は再生債権として通常大幅にカットされてしまう)についての交渉をする際の貴重な資料になります。企業再生における不動産鑑定士の役割は非常に重要といえるでしょう。
大量に簡易な評価で迅速に行う能力も重要ですが、簡易な評価では対処できない商業施設やホテルなど、事業としての価値を見極めないと、市場性の判断がつかないような案件では、ノウハウや経験を積んだ不動産鑑定士などでないと対応が難しいと思います。
保有不動産の有害物質の有無など環境リスクを把握することは急務
法的整理などでの再建計画の承認が得やすくなる
企業再生に直結するCRE戦略の具体的施策とは何でしょうか。
これもまず一般論なのですが、第一に、保有不動産のデータベースをつくっておくことです。取得金額、直近の時価、権利関係、特徴など、連結対象会社も含めた全社の不動産状況をすぐに一覧で把握できる統合されたデータベースを作ることがCRE戦略の出発点となります。
第二に、経営に直結したCREの意思決定機関・仕組みを構築することです。こうした企業間のインフラを備えるとともに、中長期的な経営戦略との適合性を考慮しつつ、不動産の中長期的な利用価値と市場価値を検討して、まず大きなCRE戦略の方針、優先順位を検討します。そのうえで、整理・統合、処分等具体的に個別の不動産の今後の方針を固めます。
企業再生においては、選択肢が限られているなかで、これらのことを短い時間で行うことになります。
村木さんが第一に指摘した保有不動産のデータベース化ですが、PCB(ポリ塩化ビフェニル)などの土壌汚染対策法上の「特定有害物質」やアスベストの使用の有無や履歴も把握しておく必要があるでしょう。環境関連法令を遵守した不動産であるかどうかはリスクマネジメントの観点から非常に重要だと思います。例えば、不動産を売却した後にアスベストが存在していることが発覚した場合、莫大な修繕費や賠償金を買主に支払わなければならなくなることもあり得ます。
また、村木さんの第二の点と重なりますが、不動産の処分や取得のルールを決めることがCRE戦略を具体的に行ううえでの第一歩となります。現状では、不動産の処分や取得について明確なルールが存在していない企業もまだ多いように思いますが、経営戦略の一環であるCRE戦略が内部統制システムの裏付けのもとに、立案、遂行、監督されることが望ましいと思います。会社法上の「大会社」については、会社法および会社法施行規則に基づいて、CRE戦略に関する基本方針の整備が必要となりますし、「大会社」でない場合でも、CRE戦略に関する何らかのモニタリングの体制の構築は必要だと思います。
以上の2点を行ったうえで、3〜5年程度の中・長期的なCRE戦略を含めた再建計画を策定する必要があります。保有不動産を処分する場面では、不動産の売却、不動産の流動化など様々な手法のうち、どの手法によることが最適かを検討する必要がありますし、不動産を取得する場面でも、複数の不動産を有機的に一体と捉え、事業譲渡、会社分割などのM&Aの手法によって、複数の優良不動産群を保有している企業の全部または一部を買収することも視野に入れるべきでしょう。
最後に、それぞれどんなCRE戦略サポートを行っているのか、教えてください。
CRE戦略を導入するうえでのスタートラインがデューディリジェンスであり、その中心になるのが不動産鑑定評価です。当社では大量の不動産を短期間で鑑定評価することだけではなく、建築エンジニアリング部において、土壌汚染などの環境リスクを総合的に調査したエンジニアリングレポートの作成を行っています。また、鑑定評価を基軸にした不動産総合コンサルティング会社として、難易度の高い不動産コンサルティングを行うとともに、企業再生の場面では、弁護士さんなど専門家のCRE戦略のサポートを行っています。
当事務所は、国内有数の総合法律事務所としての強みを活かして、企業再生の鍵を握るCRE戦略を含めた再建計画策定、私的整理手続または法的整理手続における手続開始申立、CRE戦略に基づく不動産売買、不動産の流動化および不動産M&Aを含む組織再編並びにその他企業再生に関連し生じる様々な法律問題(労働問題、税務問題など)について、ワンストップで法律サービスを提供し、不動産鑑定士など他の専門家と協力しながら、CRE戦略をサポートします。
コメンテータープロフィール
アンダーソン・毛利・友常法律事務所
パートナー弁護士
前山 信之氏
2005年にアンダーソン・毛利法律事務所と友常木村法律事務所が合併し設立。所属弁護士は10年4月現在で290人超。主に、企業法務、M&Amp;A、金融法務、労働法案件、知的財産案件、国際租税案件、中国案件を取り扱う国際的な大手法律事務所。
ホームページ:https://www.amt-law.com/
不動産コンサルティング部 部長 不動産鑑定士
明治大学大学院 グローバル・ビジネス研究科 特任教授
村木 信爾氏
1966年設立。スピーディな全国対応体制を擁する独立系大手鑑定会社。特に証券化、減損会計、M&A、企業再生等、大量かつ評価の統一性が必要な評価を得意とする。また業界に先駆けてISO9001、ISMSの認証を取得し、より中立公正で透明度の高い評価のための社内体制を構築している。